この一票で

政治家を選んでるんだな、という実感、重みを
感じたのは初めてだった。
投票所である近所の小学校で、
アルミのつい立てに仕切られた小間で
そんじょそこらのミュージシャンが、
鉛筆を走らせる、
その音が、静かな体育館に響く。
ははぁ、日本で最初に普通選挙というものを
命がけで唱えた人たちは、
こういう「絵」が欲しかったんだろうなあ。
あの世でこの絵を見て、泣いて喜んでる人いるだろうなあ。
「政治=自民&官僚」時代のぼくには、
選挙とは、
「変わらない大きな流れ」がある中で
お上が用意した気休め、
くらいの実感でした。
その変わらないはずのものが、
「そんじょそこらの」人たちの
「たかが一票」で、
ゴロンとひっくり返ることのすごさを
目の当たりにして、
「これがあの、教科書に書いてあった『普通選挙』か、
すごいな!」でした。
「これが青森のねぶた祭りか!」とか、
「これがあの讃岐うどんか!」という、
本質に出会った驚きに近い。
変化があったからいい、のではないし、
この政党に変わったからいい、のでもない。
普通選挙というものの意味を
30代の自分が実感できたことが
ただ単にすごかった。