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鹿島のリズム。 | 日々是好日〜新美博允のブログ〜

鹿島のリズム。

●鹿島アントラーズvs名古屋グランパス。鹿嶋スタジアムにて。
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小笠原ら主力の抜けた鹿島は、中盤の形がないので、これは我が地元名古屋が圧勝か、という展開。前半早々に1点取った。しかし後半にコーナーキックから同点に追いつかれるとリズムが変わり、PKを取られまさかの1-2敗戦・・・。あのままリズムが変わらなければ。リズムリズム・・・。
・・・
●ところで最近、音楽におけるリズムとは何なのか、アレンジや曲作りのときに考えさせられることがあります。それを通じて気付いたことを端的にまとめると、
オンビート(ダウンビート)で手拍子を打ちたくなる日本人のリズム感を、もっと大切にしてもいいんじゃないか
という表現になります。例えばおじいちゃんおばあちゃんが、ジャズに合わせて表で手拍子打っちゃった、といって苦笑しあうことがあったとします。そういうとき、そこで苦笑してる人よりも、表で手拍子打っちゃった人のがカッコイイのでは、という視点です。そう思ってから、どんなコンサートでも手拍子を求められる場面では率先して表で打つ、という実験をしています。どっちが体に気持ちいいか、何人の人が裏から表に寝返るか、ひそかに勝負しています。
そのあたりの話は、本にも書いてないし、音楽家本人も言葉に出来ていないし、こうだ、といえるところまではまだ分かりません。ブラジル音楽のように、表拍と裏拍、という概念がほとんど存在しない音楽もあります。鹿島サポーターの応援はサンバが基本なのですが、リズムのニュアンスは全くサンバとは違っていました。でもすばらしい応援でした。それを”上手に演奏できていない”というふうに見なすのをやめた、ということです。


5 Comments

  • 23 2006年9月9日 at 8:43 AM

    >コレはその音楽に身も心も委ねていないからなのでしょうか??
    フフフ、タンバリンでカラオケに合わせるの、ぼくも苦手です。打ち込みサウンド、素人の歌、聞き慣れない歌謡曲、とくれば身も心も委ねられないのが普通の人間・・・、ですよね 笑?カラオケで歌うのは大好きです。

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  • yucot 2006年9月8日 at 2:08 PM

    liveなどを観に行って拍子をとるのは自然とでてくるものの、カラオケなどに行き(本当にたまーーーーーーーにですが)不意にタンバリンなどを渡されると、ミョーに焦って、絶対にうまく拍子がとれなくなってしまう私です。。。コレはその音楽に身も心も委ねていないからなのでしょうか??
    音楽に関しては門外漢なのでなんとも不思議に思う、今日このごろです。

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  • 23 2006年9月4日 at 11:47 AM

    お二方、面白いお話ありがとうございます。
    フラメンコの踊り伴奏をしていたことがあるのですが、ダウンビート、アップビートという世界観とは別ものと感じました。サンバはほんの少しダウンとアップを感じられます。ブラジルでもノルデスチに行くとそれがだいぶ希薄になる印象です。かたや南米でもアルゼンチンタンゴはダウンとアップがはっきりしているように感じました。
    音楽=リズム=言語=踊り=宗教
    という関係は、切っても切れない物としてあるように思います。
    北米では人種の混血があまり進まなかったこと。南米では地域によってはムラートが主要民族と言ってもいいほど混血が進んでいること。スペインのフラメンコには北西インド由来のジプシーの血や、オスマントルコ時代にイベリア半島に来たアラブ人の血も混ざっていること。
    おおざっぱに見ると、混血が進まなかった地域には、ダウンとアップというビート感が顕著で、混血が進めば進むほど、ビートを感じる中心がダウンとアップから離れていく感じがしています。
    こうやって20世紀の出来事を概観できる時代に入って、では僕の体にはどういうリズムが流れているのだろうか、なにが最も大切なんだろうかと思っているところです。
    イヤ、僕自身が気持ちよく日本語のリズムで歌えるような曲を作ったり、最高に踊れるようなギターを弾きたいというだけのことなんです。

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  • かわばた です。 2006年9月3日 at 11:52 PM

    ど〜もです。
    仕事でいろいろなワールドミュージックフェスに行きましたが、自分が感じたのは多くの音楽のリズムは
    言語(言葉)のリズムから来ている気がしました。
    音楽は共通語という人もいますが、各国様々なリズムやグルーブがあり譜割りも様々。
    確実に共通語ではない事を実感しました(笑)。
    世界では西洋の音楽のような規格化された音楽がマイノリティである事に驚きました。
    平均律にあてはまらない音階が各国に存在するのも事実。
    つまり西洋音楽においての正確なリズムやピッチが人を感動させるものではないという事。
    人間にとって本当に大事なものが思いや気持ちであるから素晴らしい応援だと思えたのではないでしょうか?。
    沖縄で登川誠仁さんが弟子に「唄えないなら三線は弾かなくていい」と怒っているのを見た事があります。
    何が一番大切なのか。
    最近、ネイティブな人間ほど物事の本質を理解しているように思えます。

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  • funamyu 2006年9月3日 at 8:07 AM

    私は趣味でドラムをやるので、表拍と裏拍についてはいつも考えています。
    新美さんと同じようにも思ってみたりもします。
    会社の同僚がフラメンコをやっていて、デスクで
    手と足の練習をしている。私はドラムの練習をしている。うるさい職場ですね。
    フラメンコも相当やっかいですね。基本は裏でしょうけど、表でビートも打ちますからね。

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